公認会計士 太田 達也
役員等賠償責任保険(いわゆるD&O保険)とは
役員等賠償責任保険(以下、「D&O保険」といいます)とは、役員等に対して、株主代表訴訟等の損害賠償請求がなされた場合に、その役員等が負担する損害賠償金などを、一定の範囲で補填する内容の会社と保険会社との間の契約をいいます。改正前は、D&O保険に関する会社法上の特段の規定は設けられておらず、主に実務の中で発展、普及してきたものです。
D&O保険には、役員等が損害賠償責任を過度に恐れて職務の執行が萎縮することを防止する効果や、会社が優秀な人材を確保しやすくなる効果が期待されています。その一方で、会社と役員等との間の利益相反の問題や、保険契約の内容によっては役員等にモラルハザードが生じる危険性が指摘されていたところです。特に、役員が株主代表訴訟に敗訴した場合の賠償責任・防御費用をも担保する保険契約に係る保険料を会社が負担することは、報酬規制(会社法361条)との関係や利益相反取引規制(会社法356条1項3号、365条1項)との関係が問題となるという見解もみられました。
会社法の改正
上記のような指摘も踏まえて、令和元年会社法改正により、D&O保険に関する規定を設けて、締結が可能であることを明文で示すとともに、内容や手続の適正性を担保するための規定が明確化されました。
D&O保険契約とは、株式会社が、保険者との間で締結する保険契約のうち役員等がその職務の執行に関し責任を負うことまたは当該責任の追及に係る請求を受けることによって生ずることのある損害を保険者が填補することを約するものであって、役員等を被保険者とするもの(当該保険契約を締結することにより被保険者である役員等の職務の執行の適正性が著しく損なわれるおそれがないものとして法務省令で定めるものを除く)をいうと定義されました(会社法430条の3第1項)。
「当該保険契約を締結することにより被保険者である役員等の職務の執行の適正性が著しく損なわれるおそれがないものとして法務省令で定めるもの」として、いわゆる生産物賠償責任保険(PL保険)、企業総合賠償責任保険(CGL保険)、自動車賠償責任保険、海外旅行保険等に係る保険契約が予定されています(注)。
(注) 「令和元年改正会社法の解説(Ⅳ)」(立案担当者による解説)旬刊商事法務No.2225、P9。
また、株式会社がD&O保険に係る契約の内容の決定をする場合は、一律取締役会の決議(取締役会非設置会社の場合は、株主総会の決議)が必要であると規定されました(会社法430条の3第1項)。さらに、D&O保険であって、取締役・執行役を被保険者とするものなどの締結については、利益相反取引規制を適用しないこととされました(同条2項)。
なお、取締役会決議があれば、会社法上問題なく会社が株主代表訴訟担保特約の保険料を負担できますが、社外取締役の同意をとるかどうかについては、別途検討が必要であると考えられます。
既存の契約の取扱い
D&O保険契約のうち改正会社法の施行前に締結されたものについて、改正法は適用されません。従来どおり、解釈指針に従った手続を経ることが考えられます。
ただし、改正法施行前に締結されたD&O保険の自動更新に際して、更新の是非など契約内容に係る判断を伴う場合には、取締役会の決議によることが法の趣旨であると解されている点に留意する必要があります(注)。
(注) 神田秀樹他「座談会 令和元年改正会社法の考え方」(竹林俊憲発言)旬刊商事法務No.2230、P29。
事業報告での開示
事業年度の末日において公開会社である株式会社については、役員等賠償責任保険契約に関する一定の事項(役員等賠償責任保険契約の被保険者、役員等賠償責任保険契約の概要)を事業報告において開示するものとされます。今後公表予定の法務省令の内容をご参照いただければと思います。
税務上の取扱い
従来、経済産業省コーポレート・ガバナンス・システムの在り方に関する研究会による「法的論点に関する解釈指針」(以下、「解釈指針」といいます)に依拠した実務が行われてきました。解釈指針公表後は、解釈指針に示された手続を実行する場合には、役員に対する給与課税は行わないとされていました(注)。
(注) 国税庁「新たな会社役員賠償責任保険の保険料の税務上の取扱いについて」(平成28年2月24日)
改正会社法施行後は、所定の手続(会社法430条の3第1項)を適法に行うものについて、同様の取扱いが適用されると思料されます。
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