会計情報トピックス 山澤伸吾
企業会計基準委員会が平成28年2月4日に公表
企業会計基準委員会(ASBJ)は、平成28年2月4日に「収益認識に関する包括的な会計基準の開発についての意見の募集」(以下「本意見募集文書」という。)を公表しています。
本意見募集文書では、我が国における収益認識に関する包括的な会計基準の開発を検討するにあたって、国際会計基準審議会(IASB)が公表したIFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」の内容を仮に我が国の実務に導入した場合の適用上の課題や今後の検討の進め方などに関する6つの質問項目について意見を募集しています。
本意見募集文書の構成は以下のとおりとなっています。
- 公表の経緯及び質問事項等
- 第1部 IFRS第15号に関して予備的に識別している適用上の課題
- 第2部 IFRS第15号の概要
第1部と第2部は「質問事項等」への回答に利用することを目的として作成されています。
なお、本意見募集文書に対しては、平成28年5月31日(火)までがコメント募集期間とされています。
1. 公表の経緯と今後の予定
我が国においては、収益認識に関して、企業会計原則で基本的な考え方として実現主義によるものと示されていますが、個別に企業会計基準第15号「工事契約に関する会計基準」や実務対応報告第17号「ソフトウェア取引の収益の会計処理に関する実務上の取扱い」は定められているものの、現在において収益認識に関する包括的な会計基準は存在しません。その一方で、国際的には国際会計基準審議会(IASB)及び米国財務会計基準審議会(FASB)は、収益認識に関する包括的な会計基準として、平成26年5月に「顧客との契約から生じる収益」(IASBにおいてはIFRS第15号、FASBにおいてはTopic 606)を公表しています。
そこで、我が国においても、収益認識に関して国際的な整合性を図り、また企業間の財務諸表の比較可能性を向上させる観点から、収益認識に関する包括的な会計基準の開発に向けた検討が行われることになりました。ASBJは開発の目標として、IFRS第15号及びTopic 606の強制適用日(IFRS第15号においては平成30年1月1日以後開始する事業年度、Topic 606においては平成29年12月15日より後に開始する事業年度)に適用が可能となることを当面の目標としています。
その検討にあたって、国際的な整合性を図るためにIFRS第15号の内容を出発点としていますが、IFRS第15号の内容を我が国の実務に適用した場合に、多くの論点について適用上の課題が生じることが想定されます。そこで、検討の初期の段階で適用上の課題や今後の検討の進め方に対する意見を幅広く把握するため、本意見募集文書が公表されることになりました。今後は、本意見募集文書に寄せられる意見を踏まえ、ASBJにて収益認識に関する包括的な会計基準の案の策定に向けた検討が行われる予定です。
なお、本意見募集文書において、想定される会計基準の適用範囲として上場会社かどうかを特定せず、また、連結財務諸表及び個別財務諸表への適用による課題を検討するとされています。このため、多くの企業の会計処理と社内の業績管理、また関連するシステムや内部統制に変更が生じる場合があると考えられます。
2. 質問事項
質問事項の主な内容は以下のとおりです。
【質問1】 回答者の属性(者の属性(財務諸表利者の属性(財務諸表利財務諸表利用者、財務諸表作成者、監査人、学識経験者、その他)
【質問2】 IFRS第15号の内容を出発点として検討を行うことについての意見
【質問3】 第1部に記載された17の論点について、記載されている適用上の課題や取引例は適切か。また、記載されている以外の適用上の課題はあるかなど
【質問4】 第1部に記載された17の論点以外の論点について適用上の課題はあるか
【質問5】 IFRS第15号に定められている注記事項の中で、特に有用であると考えられる注記事項の有無、及びコストと便益を比較考量した観点から特に取り入れることに懸念がある注記事項の有無
【質問6】 その他、我が国における収益認識に関する包括的な会計基準の開発に関する意見
3. 第1部 IFRS第15号に関して予備的に識別している適用上の課題
第1部は、仮にIFRS第15号の内容を我が国の収益認識に関する包括的な会計基準に導入した場合に重要な影響を受ける可能性があると考えられる17の論点及び開示(注記事項)について、予備的に識別された適用上の課題を記載したものとなっています。第1部の冒頭では、それぞれの論点について関連するIFRS第15号の収益認識の5つのステップと影響を受けると考えられる取引例が記載されています。
17の論点については、論点の概要、日本基準又は日本基準における実務、IFRS第15号での取扱い、日本基準とIFRS第15号を適用した場合の財務報告数値の相違、予備的に識別した適用上の課題、及び影響を受けると考えられる取引例と具体的事例における影響が説明されています。また、随時フローチャートを使用して会計処理が説明されています。
なお、第1部を読むにあたっての留意点として、次の点が挙げられています。
- 第1部の内容はIFRS第15号の解釈を示したものではないこと
- IFRS第15号の内容を適用した場合における課題は各企業の置かれた状況により異なるものと考えられること
- 基本的に重要性を考慮した記載としていないが、実務においては、金額的又は質的重要性を勘案し、会計処理を検討することになると考えられること
(1)17の論点(主に質問3に関連)
各論点と想定される実務への影響の一例は以下のとおりです。
Ⅰ. 主に収益認識の金額や時期に影響を与える可能性のある主要な論点
論点 | 想定される実務への影響の一例 | |
【論点1】 | 契約の結合 | 複数の契約を結合して「単一の契約」と判断すべきとされた場合、契約を結合した上で、「単一の契約」の中の複数の財又はサービスについて収益認識の単位を判定することになる。 その結果、収益認識の単位の違い又は単位は同じでも各単位に配分される金額の違いにより、収益を認識する時期や金額が異なる可能性がある |
【論点2】 | 契約の変更 | 財又はサービスの仕様変更などの契約の変更について、新規契約を締結したかのように会計処理するか、既存の契約の一部であるかのように会計処理するか判断が求められ、その結果、収益認識の時期が異なる場合がある |
【論点3】 | 約束した財又はサービスが別個のものか否かの判断 | 「単一の契約」の中の複数の財又はサービスについて、複数の履行義務として区分すべきか判断が求められ、その結果、各々の履行義務に契約価額を配分して異なる時点で収益認識される場合がある |
【論点4】 | 追加的な財又はサービスに対する顧客のオプション(ポイント制度等) | 顧客に付与したポイントについて引当金として費用を計上する実務と異なり、ポイントに対応する収益が繰り延べられることになる |
【論点5】 | 知的財産ライセンスの供与 | ライセンス供与について、顧客が権利を有する知的財産がライセンス期間全体を通じて変化すると判断される場合、一時点ではなく、一定の期間にわたり収益認識する |
【論点6】 | 変動対価(売上等に応じて変動するリベート、仮価格等) | リベートが生じる場合には、収益の認識時点において、リベートの金額を期待値法又は最頻値法で見積もって収益認識額に反映させることになる。 また、仮価格を設定している場合には、仮価格で収益認識するのではなく、過去の価格改定の実績等により見積った対価で収益認識することになる |
【論点7】 | 返品権付き販売 | 返品が見込まれる場合、売上総利益の調整として引当金を計上するのではなく、返品が見込まれる部分について収益は認識しない |
【論点8】 | 独立販売価格に基づく配分 | 契約の販売価格を各履行義務に配分するために、独立販売価格を見積る必要がある |
【論点9①】 | 一定の期間にわたり充足される履行義務(進捗度を合理的に算定できる場合) | 一定期間にわたって継続的にサービスを提供する契約や、一定期間で個別受注で製品を製造する契約などにおいて、日本基準における実務とIFRS第15号とで、一時点で収益を認識するか一定の期間にわたり収益を認識するか異なる場合がある |
【論点9②】 | 一定の期間にわたり充足される履行義務(進捗度を合理的に算定できない場合) | 進捗度を合理的に測定できない場合、工事原価のうち回収可能性が高い部分について工事収益を計上する(工事原価回収基準)ことになる |
【論点10】 | 一時点で充足される履行義務 | 出荷から検収までの期間が一定程度ある取引などにおいて、IFRS第15号の支配の移転に関する指標に照らすと、収益認識の時期が日本基準における実務と異なる場合がある |
【論点11】 | 顧客の未行使の権利 | 商品券等の未行使部分のうち、顧客がその権利を行使しないことが見込まれる部分について、顧客が権利を行使するパターンに比例して収益を認識することになる |
【論点12】 | 返金不能の前払報酬 | 返金義務のない入会金等について、非会員に課されるより低い価格で財又はサービスを購入する権利を与える場合などにおいて、入会金等受領時ではなく、将来の財又はサービスを提供するにつれて収益認識する場合がある |
Ⅱ.主に財務諸表における収益の表示に影響を与える可能性のある主要な論点
論点 | 想定される実務への影響の一例 | |
【論点13】 | 本人か代理人かの検討(総額表示又は純額表示) | 企業間の取引を仲介するケース等について、代理人取引と判断される場合には、収益と仕入を純額で表示することになる |
【論点14】 | 第三者に代わって回収される金額(間接税等) | 取引価格に含められている税金について、第三者に代わって回収する金額と判断される場合は、当該金額について収益は認識しない |
【論点15】 | 顧客に支払われる対価の表示 | 顧客に対して売上リベートを支払う場合、当該リベートについて営業費用として処理するのではなく、取引時点で収益から減額して表示する |
Ⅲ.その他の論点
論点 | 想定される実務への影響の一例 | |
【論点16】 | 契約コスト | 契約を獲得するためのコストや履行するためのコストについて、一定の要件を満たす場合には資産計上し、規則的に償却するとともに、一定の要件を満たす場合に減損処理する |
【論点17】 | 貸借対照表項目の表示科目 | 顧客が対価を支払う又は支払期限が到来する前に、企業が財又はサービスを顧客に移転することに伴って生じる顧客に対する権利を「契約資産」等の名称により表示し、顧客に対する対価の権利のうち無条件の「債権」とは区別して表示する。 なお、契約が解約不能であって、財又はサービスを移転する前に対価の支払期日が到来しているが顧客からの支払がない場合であっても、企業が無条件である対価の金額に対する権利を有しているときには、「債権」と「契約負債」を総額で表示することになる |
(2)注記事項について(主に質問5に関連)
IFRS第15号では、収益に関する詳細な定量的情報及び定性的情報の注記として、収益を分解した情報や未充足の履行義務に配分した取引価格の総額について企業がいつ収益として認識すると見込んでいるのかなどの情報の注記が求められています。これらの注記について、作成者にとって追加的な情報を入手するための体制を整備する負担が大きくなるなど、コストが便益に見合わないとの意見が我が国の財務諸表作成者から強く指摘されています。
このため、我が国における収益認識に関する包括的な会計基準の開発において定める開示(注記事項)の具体的な内容については、個別に慎重な検討が必要になるとされています。
4. 第2部 IFRS第15号の概要(主に質問4に関連)
第2部では、第1部の理解に資するため、また、質問4に関連して、第1部に記載された17の論点以外の論点に関する適用上の課題を識別するため、IFRS第15号の概要として、収益認識の5つのステップ、契約コスト、表示科目及び開示(注記事項)が説明されています。また、平成27年7月30日にIASBから公表された公開草案「IFRS第15号の明確化」における主な提案及び平成27年12月現在のIASBボード会議における暫定決定の状況についても補足して説明されています。