EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
EY税理士法人 インダイレクトタックス部 大平洋一
EY税理士法人 パートナー。日本の間接税アドバイザリーグループのリーダーとして、関税・消費税・付加価値税を中心に各国の間接税アドバイザリー業務を提供。前職では大手電機メーカーで通商関税に係る社内アドバイザリーに10年以上従事。企業の税務戦略に関税戦略を融合させる関税プランニングを中心に、関税評価と移転価格の整合、サプライチェーンの円滑化といった最新のイシューも含め間接税案件全般を担当。
昨今、企業経営者や財務経理担当者の間で「BEPS」という言葉を頻繁に耳にします。これはBase Erosion and Profit Shiftingの頭字語で、「税源浸食と利益移転」を意味します。具体的には、欧米企業を中心とする多国籍企業が、各国税制の隙間を突いた税務プランニングにより、法人税率の低い国へ利益移転を行うことであり、各国の税収減・財政赤字の拡大を背景に、課税逃れとの批判が高まっています。G20と経済協力開発機構(OECD)は、こうした動きに歯止めをかけるため、15の項目からなるBEPS行動計画を2015年10月に発表し、それに従って、国内法や租税条約の改正・見直しを各国に勧告しています。この動きは、移転価格のみならず、関税の課税標準である関税評価額にも影響を与える可能性があるところ、とりわけ、Action 13で求められる、三層構造での移転価格文書化(Ⅲ. 参照)について留意が必要です。
移転価格を輸入申告価格(関税評価額)として用いている場合、BEPS行動計画に伴い企業内部で移転価格を見直し、上方に修正する場合には、それに伴って(関税有税品の輸入があれば)関税支払額が上昇することは当然の帰結となります。しかし、移転価格と関税の間にはそれにとどまらない緊張関係が存在します。(<表1>参照)
関税評価額と移転価格は、双方とも、独立当事者間価格であることを関連者間取引の価格の適切さの基準として用いるものの、関税(税関)は、個々の取引・個々の輸入貨物レベルでの取引価格の妥当性に着目するのに対し、移転価格(国税庁)は、個々の取引・輸入貨物というよりも、取引当事者が法人レベルで適切な利益水準を上げているかに着目します。そのため、税関の立場からは、法人全体での利益率が適切であることが、個々の貨物の取引価格の適切さを直ちに意味しないことに留意が必要です。
そのような着眼点の違いから、関税と移転価格では、適切な価格の算定方法レベルにおいても相違が存在します。特定の貨物に着目する関税の観点からは、例えば、取引単位営業利益法(TNMM)を用いて移転価格の適切さが検証されている場合であっても、検証の比較対象とされた企業は輸入者と同一の産業に属するか、さらには輸入者の貨物と同類の貨物を輸入しているかまで問題となり得るため(すなわち、機能・リスク・資産の類似性だけでは比較対象として十分ではない)、TNMMに基づき行った検証だけでは、関税の観点からは不十分と判断される可能性があります。そして、他の方法でも、輸入者側で有する情報だけでは、関税の観点からの価格の適切さについて税関の納得を得られない場合には、輸入者は売手側の財務データ等を入手して、売手の貨物の製造・販売に要するコストや適切な利潤といった観点からの説明まで準備する必要が生じ得ます。この点は、特に関税有税品の輸入を行う企業にとって極めて重要ですが、他方で、関税評価額は一般に輸入消費税・輸入付加価値税の算出のベースであることにも留意が必要です※。
Ⅱ. で述べたとおり、移転価格の観点から適正さが検証された価格であることは、関税評価額の適切さを直ちに担保しないことを踏まえれば、BEPS行動計画、特にAction 13が関税面にもたらす影響に注意を払う必要があります。
Action 13は、税務執行の透明性を高めるため、自社グループの移転価格が適正であることを説明するための文書(移転価格文書)を、国別報告書/マスターファイル/ローカルファイルからなる三層構造で作成するよう企業に求めています。
国別報告書では、多国籍企業の国別の収益・税引前利益・法人税額や従業員数といった財務指標を開示することが求められ、さらに同報告書は各国税務当局の利用に供されることが想定されています。仮に輸入国の当局が国別報告書を入手し、グループ内販売拠点間での利益率の大きな乖離(かいり) を特定した場合、関税評価額の妥当性について疑義を抱く可能性があります。この点、保秘義務の観点から、例えば法人税の目的で入手された国別報告書(あるいは後述の3. で言及するマスターファイル)が直ちに税関当局に渡るとは限りませんが、関税評価額は輸入消費税や輸入付加価値税の課税の基礎ともなっているため、そのような観点からも関税評価額に着目され得る点に留意が必要です。
さらに、Action 13は、多国籍企業の事業の全体像を可視化する観点から、グループ全体のグローバル事業の内容、グループ内の無形資産・役務提供取引の概要等について記載したマスターファイルの作成を求めており、親会社および子会社が所在する国の税務当局の要求に応じて提出が必要となります。
従来は、関税評価額は、原則として輸入国において入手可能なデータに基づき決定されていたため、輸入国外で展開される無形資産・役務提供取引については輸入国当局からは見えづらいものでした。しかし、マスターファイルの存在により、そのような情報が「ガラス張り」となる可能性があり、その結果、これまで課税対象とされてこなかったロイヤルティ・手数料支払いについて、輸入国当局からチャレンジを受ける可能性があります。
以上のとおり、BEPS行動計画により、関税評価額に対する輸入国当局のチャレンジの可能性が従来に比して高まると考えられます。そして、関税評価額の適切さをきちんと説明できない場合、関税コストの上昇や、より煩雑な方法での関税評価額の算出を強いられるといったリスクが存在します。そのため、各企業は、同行動計画に従って移転価格の文書化の作業を進める際には、並行して関税の観点から価格の適切さの検証を行っておくことが、関税リスク回避のために適切と考えられます。
※なお、本稿のテーマとは若干離れるが、移転価格の観点から遡及(そきゅう)的に価格変更が行われる場合に、かかる価格変更が輸入申告価格にもたらす影響にも留意する必要がある。