サステナビリティ情報開示のグローバル動向 2023年7月号

EYではサステナビリティ開示・保証に関連したグローバル動向の最新情報を毎月お届けしています。

注:夏季休暇のため8月号はお休みさせて頂きます。次回は9月号になります。
 

IFRS S1/S2基準

IFRS財団が検討を開始してから2年、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)は、企業情報開示の新しい時代の幕開けとなるグローバルなサステナビリティ開示基準を公表しました。ISSB基準が公表されたことで、次は、国レベルでのISSB基準の採用を促進することにISSBの焦点が移りました。基準が公表されてからわずか数週間、ますます多くの国がISSB基準の採用を計画しています。


ESRS 第一弾に関する公開協議

欧州委員会は2024年1月から開始される欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)の適用に先立ち、ESRS公開草案の第一弾に関する公開協議を終了しました。


SEC 気候関連開示規則

米国証券取引委員会(SEC)は引き続き、気候関連開示規則の最終化及び人的資本管理規則の公開草案の公表に向けて取り組んでいます。これらの公表時期は未だ発表されていません。こうした状況の中、EYは前SEC委員長であるアリソン・ヘレン・リー氏にインタビューを行いまいした。インタビューの詳細は後述の【Americas】セクションを参照ください。

サステナビリティ情報開示・保証に関するグローバルな最新動向の詳細については以下をご覧ください。



Key developments

【Global】

IFRS S1/S2基準

ISSBは6月、IFRS S1号 サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項(S1)及びIFRS S2 号 気候関連開示(S2)を公表しました。今回の公表はISSBにとって重要なマイルストーンであり、企業報告における新しい時代の幕開けとなりました。当該基準は2024年1月1日以降に開始する報告期間から適用可能ですが、適用時期はそれぞれの国の承認プロセス等に委ねられます。

適用にあたりISSBは気候関連の開示を優先するとしており、S1及びS2の適用初年度は気候関連以外の重要性のあるサステナビリティ関連のリスクと機会の開示を省略できます。また、IFRSサステナビリティ開示基準の適用は、IFRS会計基準の適用とは連動しておらず、財務報告目的でIFRS会計基準を適用する会社は、現時点でIFRSサステナビリティ開示基準を適用する必要はありません。その逆も同様です。

ISSB基準がどの程度グローバルな基準になるかは、各国でのISSB基準の採用にかかっています。オーストラリア、カナダ、コロンビア、香港、日本、マレーシア、ニュージーランド、ナイジェリア、シンガポール、英国を含む多くの国々がISSB基準を自国のフレームワークに取り入れることを検討しています。

また、ISSBは気候関連開示の進捗モニタリング責任を気候関連財務開示タスクフォース(TCFD)からを引き継ぐことを発表しました。これは金融安定理事会(FSB)の要請によるものであり、これにより多数存在するサステナビリティ情報開示に関する基準設定主体の更なる統合が進みます。
 

ISSB公開協議

ISSBは現在二つの公開協議を行っています。

  • 2024年から2026年の作業計画を決定するためのアジェンダ の優先度に関する公開協議

  • SASBスタンダードの国際的な適用可能性を向上させるための方法論及びSASBスタンダード・タクソノミのアップデート」公開草案に対する意見募集

また、ISSBは2024年から2026年の作業計画を考慮して、7月のISSBミーティングでテーマを絞った教育資料の作成を協議しています。IFRS S2の要求事項をどのように適用するかを説明・例示する教育資料等で、例えば「Just Transition(公正な移行)」に関連するトピック等です。
 

国際サステナビリティ保証基準(ISSA 5000)

国際監査・保証基準審議会(IAASB)は、サステナビリティ保証基準の公開草案を近く公表すると発表しました。この草案には合理的保証と限定的保証の両方が含まれています。公開協議のコメント募集期間は2023年8月上旬から2023年12月までを予定しています。


【Americas】

米国証券取引委員会(SEC)は引き続き、気候関連開示規則の最終化及び人的資本管理規則の公開草案の公表に向けて取り組んでいます。これらの規則の公表時期については依然として不透明な状態が続いていますが、規則策定アジェンダによると今後数カ月のうちに発表が予定されているようです。

カリフォルニア州では、気候関連情報の開示を義務付ける法案(CA SB253)が改訂され、スコープ3のGHG排出量の報告が適用初年度は免除されるという救済措置が設けられました。この法案は、同州で事業を展開し売上が年間10億ドル以上の企業約5,400社に適用される予定です。今後、同法案は州議会委員会で承認及び採択される必要があります。



アリソン・ヘレン・リー前SEC委員長へのインタビュー

SECの規則策定プロセスについて詳しい情報を得るため、EYは前SEC委員長で現在Persefoni社のサステナビリティ・アドバイザリーボードのメンバーであるアリソン・ヘレン・リー氏にインタビューを行いました。リー氏は2019年から2022年までSECの委員を務め、2021年1月から4月までは委員長として気候関連開示規則案の作成を主導しました。以下はそのインタビューの概要です。



SECは当初4月に最終の気候関連開示規則を公表する予定でした。その期限は過ぎましたがこの遅れに対してどう考えていますか?最終規則の採択前にSECはどのような問題を解決しようとしているのですか? この規則案に対しSECの権限を逸脱しているとの指摘が相次いでいますが、訴訟のリスクも含めてどのように考えていますか?

規則策定アジェンダは期限を設定しているように見えますが、実際には審議優先事項のリストにすぎません。形式上、通常4月か10月のいずれかを予定期限としているだけであり、これをもって遅れているとは言えないと考えます。複雑な規則策定であり、多くのパブリック・コメントが寄せられました。多くのコメントを取り入れ、内部のコンセンサスを得るために慎重に検討することは驚くべきことではなく、実際には賢明なことです。

SECが特に注意を払っている問題として、①スコープ3のGHG排出量を報告要件に含めること、②気候変動関連の財務影響を財務諸表の一項目として開示すること、③スコープ1とスコープ2のGHG排出量について第三者保証を求めることがあげられます。規則の最終化にあたってSECの委員がこれらの項目を注意深く検討していると確信しています。

訴訟のリスクに関しては、ゲンスラー委員長やその他の委員、SECのスタッフが最近の最高裁の判例を検討していると思います。私の見解では、この規則案はSECの法的権限の範囲内にあると考えます。なぜなら、SECは長い間、環境リスクと問題に関する規則を有してきたという点と、今回の規則案は純粋に開示に関するものであるという点が理由です。とはいえ、SECの委員は最近の司法情勢が気になっていると思います。


ISSBとCSRDの基準は2024年1月から適用が開始される予定です。SECの規則の公表が遅れていることを考えると、米国がサステナビリティ開示をグローバルレベルでまとめていく力を失うと考えますか? 主要な基準間の相互適用可能性についてどのように考えていますか?

SECには、サステナビリティ開示を重要な点で形作る力がまだあると思います。米国は世界最大かつ最も強固な資本市場を有しているため、SECの役割は本質的に重要です。最近公表されたISSB基準はSEC規則案と密接に整合しているので、基準のコンバージェンスや相互適用可能性については楽観的に考えています。

米国ではESGの問題がますます政治問題化しています。この政治問題化を推し進めているものは何だと思いますか? ESG反対派は、企業は株主還元に焦点をあてる必要があり、ESG関連の責任を企業に負わせることは、米国企業と米国資本市場の競争力を低下させるおそれがあると主張しています。この点についてどのように考えますか?

ESGの問題は企業に対して財務上のリスクと機会の両方をもたらします。直面しているESG問題の財務的影響を理解し、経営に活かすことができる企業は、株主利益の最大化に有利な立場にあります。ESG問題の財務的影響に焦点をあてるという点について賛成派反対派双方の見解は一致していますが、政治的論争は、長期的な企業の成長とより広範囲な経済の安定性、効率性、成長のために取り組むべき重要な問題から、企業とその投資家の双方の注意をそらす傾向があります。しかし最終的に道理が勝つと信じています。


反対派は、SECの気候関連開示規則は、特に企業が活動する他の法域の規則と互換性がない場合、企業に過度の負担を課す可能性があると主張しています。SECは、気候関連開示における透明性、説明責任、有効性を確保しつつ、これらの懸念にどのように対応していますか?

SECの気候関連開示規則案は、ISSB基準と密接に整合しており、世界中で使われているTCFDやGHGプロトコルと同じフレームワークを活用しています。SECは、グローバル連携の重要性はもちろん、既存の枠組みを活用することの重要性も認識しています。この規則案は、段階的に導入されるコンプライアンス、誠実な作業のためのセーフ・ハーバーを規定し、報告されたデータを入手することが困難な場合に推定値の使用を認めることによって、企業の負担を軽減しています。
 

2020年SECはプリンシプルベースの人的資本規則を公開しました。一方で、現在ゲンスラー委員長はさらに人的資本管理規則の公開草案の作成に取り組んでいます。人的資本管理規則は必要ですか?

2020年のRegulation S-Kの第101項の改正では、企業の事業を理解するために重要な範囲において人的資本の状況の説明を求めるという一文を追加したのみです。この改正は人的資本の開示を促進していないという見方もあります。人的資本は現在のビジネスモデルにおいて企業価値の中心的な推進力となってきており、投資家にとって重要なトピックとなってきています。正確なリスク評価と資本配分を行うために、投資家が必要とする特定の、関連性のある、意思決定に役立つ情報を提供する方法をSECが検討することは理にかなっていると思います。
 

SECの委員として在職中、ESG問題をSECの最優先課題に推進することに貢献したと評価されています。SECがこれらの問題に対処すべきであると判断した理由は何ですか? ESG関連の問題に対処する役割をSECが担っていないと主張する人々に対してどのように説明しますか?

私たちは、市場で観察されたこと、つまり従来の投資分析がESG関連のリスクと機会へと移行していることにダイレクトに反応しただけです。多くの資本がESGファンドに投資され、投資家がESGトピックに関するより良い情報開示を要求し、ESGに関連する株主提案が急増していることを見てきました。SEC委員会の役割は、投資家が必要とする重要な情報が市場に確実に提供されるよう支援することです。ESG関連のリスクと機会に関する情報開示は十分な一貫性、比較可能性、信頼性を備えていないことが明らかでした。

開示要求がない場合、あるいは逆に広範囲な開示要求が透明性と説明責任を妨げている場合には、証券規制当局が介入し、必要とされる具体的なデータ、指標、第三者保証を特定する手助けをします。例えば、役員報酬はSEC委員会が気候関連リスクに取り組んでいる時に識別したのですが、近いうちに人的資本にも組み込まれるのではないかと考えています。これは、資本市場の安定性を確保し、金融システムの強さに依存して貯蓄をしている多くの一般市民を保護するためのSECの典型的な取り組みです。


【EMEIA(欧州・中東・インド・アフリカ)】

欧州委員会がESRS公開草案の第一弾に関する公開協議を終了しました。欧州委員会は2023年7月28日までに、受領したコメントに基づいて非常に限定的な改訂を行い採択する予定です。これにより、2024年1月1日の適用開始日より前にESRS第一弾の最終化が可能になります。最新の公開草案では企業の実務上の負担を考慮して、以下を含む更なる更新が行われました。

  1. 各基準内のすべての開示要求事項は、ESRS2一般開示に規定された開示要件を除き、重要性(マテリアリティ)評価の対象となります。

  2. より多くの要求事項が段階的に導入されます。例えば、従業員数が750人未満の企業は、適用初年度においてスコープ3のGHG排出量の開示が免除されます。

  3. 一部の開示は任意となります。例えば、生物多様性に関する移行プラン等。

  4. 特定の開示についてはより柔軟な開示が認められます。例えば、重要性(マテリアリティ)評価プロセスで使用された手法等。

【Asia-Pacific】

中国は、ISSB北京事務所を開設し、ISSBのグローバル拠点拡大の一歩を踏み出しました。新事務所はアジアにおけるステークホルダー参画の拠点としての役割を果たすとともに、世界最大の経済圏の一つにおけるサステナビリティ報告の推進力を高める役割も果たします。

シンガポールでは、政府が気候関連開示に関する公開協議を開始しました。この提案には、2025年度から全ての上場企業に対してISSB基準に準拠した気候関連開示を義務化し、スコープ1とスコープ2の排出量に対しては第三者保証が必要となることが含まれています。

オーストラリアでは、財務省が気候関連開示に関する第2回公開協議を開始しました。この提案では、大企業から段階的に、2024年7月1日より気候関連開示が義務付けられ、開示基準はIFRS S2と密接に整合することとされています。

ニュージーランド金融市場庁は、新しい気候関連開示(CRD)報告義務の下での適用ガイダンスを公表しました。



今後の日程

現在予定されている、注目すべき今後の主な日程は以下です。

  • 時期未公表:米国SECによる気候関連開示規則の最終版及び人的資本関連開示規則の草案の公表

  • 2023年8月:IAASBがサステナビリティ保証基準に関する公開協議を開始

  • 2023年9月:ISSBの2024年から2026年までの作業計画に関する公開協議のコメント期間終了

  • 2023年9月:TNFDが最終的な開示フレームワークを公表

  • 2023年Q3:IOSCOがISSB基準(S1, S2)の承認に関する決定を発表(7月25日承認済)

  • 2023年Q4:英国金融行為規制機構(FCA)がアセットマネジメント向けのサステナビリティ開示要求(SDR)及びFCA規制対象企業向けのグリーンウォッシュ対策ルールを公表


その他の重要トピック

CFOは次のステップに注目

Wall Street Journalによると、ISSB基準が公表されましたが、企業はISSB基準とSECやEUのルールとの違いを見極めるために慎重な姿勢をとっています。
Global Sustainability Disclosure Rules Go Live. CFOs Watch for What’s Next. - WSJ
 

第三者保証の提供者の戦い-監査法人vs監査法人以外

IFAC(国際会計士連盟)のDavid Madon氏は、サステナビリティ保証の全体像や利害関係者への影響について、監査法人と監査法人以外の保証範囲、保証基準、適用方法の違いに焦点を当てながら論じています。
The battle of sustainability assurance: audit firms 'versus' other providers :: Corporate Disclosures
 

Disability Hub Europeが最新のGRI基準を反映した資料を公開

この資料は、企業が進化するサステナビリティ報告に適応するのに役立ち、インクルーシブと持続可能性の重要性を強調しています。
Disability in Sustainability Reporting (globalreporting.org)
 

FRCがESGデータの利用及び配信に関するレポートを公表

英国FRC(財務報告評議会)は、投資家のESGデータの入手方法や利用方法を調査し、企業が取るべき行動を明らかにするレポートを公表しました。
News I Financial Reporting Council (frc.org.uk)


〈お問い合わせ先〉
EY新日本有限責任監査法人
サステナビリティ開示推進室

牛島 慶一
EY Climate Change and Sustainability Services, Japan Regional Leader, APAC ESG & Sustainability Strategy Solution Leader
馬野 隆一郎
EY新日本有限責任監査法人 サステナビリティ開示推進室 室長 パートナー
Kyle Lawless
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 ストラテジー・アンド・トランザクション EYパルテノン ディレクター

※所属・役職は記事公開当時のものです。



関連コンテンツのご紹介

2021年10月22日に欧州監督当局がサステナブルファイナンス開示規則のドラフト版細則を公表

2021年10月22日、欧州監督当局より、欧州の資産運用会社等に対する開示を義務付けた「サステナブルファイナンス開示規則(SFDR)」における詳細な内容を定めた「ドラフト版細則(Draft Regulatory Technical Standards; Draft RTS)」が公表されました。


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